「涼宮ハルヒの憂鬱」アニメ一話目について
「涼宮ハルヒの憂鬱」アニメ一話は面白かった。(原作はまったく知らないけど。)
簡単にいうと、話中のキャラ(いわゆる映研部員か?)が作った自主制作映画を、実際に放送一話分使ってそのまま再現しちゃった物。
「ぱにぽにだっしゅ!」といい、自分はこういうネタが好きなのかも知れない。なんというか、ただの内輪ネタだけど外輪の人間が見ても面白いように作ってあるやつ、とか。もしくは単に、予想してなかったものが映っちゃったのに、敢えてそのまま撮り続ける姿勢、から生まれる想定外のくだらない笑いを想定して、その笑いのためだけに本編まできっちり作り上げてしまう製作サイドの馬鹿さ加減。のほうが正しいか。作ってる中の人の人となりが見えるような作品は良いですね。
自主制作映画っぽさ、の徹底が面白さの鍵かなと思う。
それについてはこちらのサイトで詳しく解説されてます。
なつみかん。
TVアニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」第1話が凄い理由
ただその徹底振りからすると、気になるのは、きょん(で合ってるのかな?)のナレーション。面白さを追求するなら、自主制作映画自体の設定の甘さとか演技とかへの突っ込みに、きょん自身の感想とかはなく、淡々としたナレーションのほうが、こういう笑いがすぐに理解できる人にとってはより笑いを誘うと思う。(つっこみ自体は必要だろうけど)
けどまぁそれをやっちゃうと作品としてダメだろう。分からない人は完全に置いてけぼりを食ってしまう。いやむしろこの痛い突っ込みが逆にリアルかも?とも思ったり…まぁこの辺は笑いの好みによりけりかな。
原作未読者置いてけぼりという評価も多いらしいけど未読、既読は関係ないよなぁ。むしろ笑いのセンスあわない人は置いてけぼり、だと思う。(上記のナレーションはそれにたいする最低限の配慮かな、と個人的には思う)
未読者でも、この笑いが分かる人間にとっては、今後も大いに期待できるしこれからも食いついていけますよ。
逆に、一回見てわからない人は、既読だろうが、ダメ演出の凄さをどれだけ説明しようが一生分からないだろうなとも思った。
あと、「これを衆目に晒すというのか」というセリフ。
大学時代これよりもっと酷いものを衆目に晒した時のことを思い出して涙が出た。あの動画、バックアップはしたけどまだ残ってるかなぁ。
※誤解があったので一応追記:この「動画」とは、完全に自分ひとりで製作した謎の動画のことを指しています。これに関して他の人間は一切かかわっていません。若干誤解を与える書き方だったのでごめんなさい。
2006年04月10日 17:57
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