物語についての考察
いろいろ物語について研究してみたりしました。「物語」を構成できないということは、つまり文字どおり、お話にならないわけです。だから物語の構造を解析しようとしたわけです。で、自分の中で納得したのは、つまり、始まって→終わるこれが物語です。追記:もうすこしだけ解説しとこう。つまりすっきりとした物語を作るということは始まったものは必ずおわらせないといけないということです。伏線だけ張っといて何も無いまま終わるとか登場したはいいが何もせずにおわるキャラとか謎のアイテムが謎のまま終わったりとか主人公のかかえる悩みが解決しないままだったりとか…こうなったら、読み手が納得いかないわけですし読み手以上に作るほうも納得いかない。あと重要なのは、始まる時はひとつの点(以後S点)からすべてが広がり終わる時はひとつの点(E点)にすべてが収束する。これは、点が複数あると、結局何が言いたいということになりやはりすっきりしないということです。つまり物語を始めようとしたときには、心の中では既に終わっている、ということです。物語を構成する各エピソードはそれぞれ別の方向に向かっても物語全体としてはそのエピソードはS点またはS点より後のどこかから始まって最終的にE点またはE点より前に落ち着かせればいいわけです。
物語を面白くする要素のひとつとしてS点とE点の「差」が大きいほどインパクトも大きいというのがあります。しかし「差」があるということは、S点とE点の間に「変化」がないといけない。この「変化」をつくるのを事件とするなら物語は、事件があったほうが面白いという結論になるし、また「差」さえあれば「変化」が生まれ必然的に「事件」が発生するというわけです。4コマ漫画においてもやっぱり起承転結というルールがあってつまり「起」がS点、「結」がE点、その差を埋める「承や転」が事件となり面白いわけですね。何故、「起転結」では無く「承」が必要なのかについてはこれから考える必要がありますが…でも最近の4コマ漫画は4コマのクセに4コマ目で落ちてないですよね。というよりわざと落とさずどんどん話を進めているというものが多い。4コマにする必要ないじゃんといつも思うんですがどうでしょうか。ま、それはおいといて視点を変えれば、「差」をつくらなければ事件は発生しないというわけでたとえばギャグ漫画とかでは物語自体に大きな事件は発生しない。けれど話として破綻してないのはやはりS点とE点がしっかりあるからで一応物語としては成立する。「差」が無くても面白いのはギャグ漫画であったり、いわゆる私小説風漫画だったりして物語を面白くする要素はいくらでも転がっているということにもなりますね。
というか私小説風漫画みたいなのはまた話が違うかもしれません。最近ではいわゆる日記漫画もこの部類なんでしょうが、つまりこのジャンルでは「私」「自分」が主人公で、自分の視点で話が進むわけですが、一回だけ描くならともかく、長期連載とかになると当然結末がわかるワケではないからE点など決められない。かろうじてS点があるとすれば、なぜそれをはじめるに至ったかという事実でしょうか。一回ごとにS点とE点はあるが全体としてはE点はなくどこに行くかわからない。まぁよく考えればギャグ漫画とかももこっちのほうが多いかもしれない。でも別にこれは物語ではないからこれでいいと思います。というより、物語全体を見て楽しむものではないというべきか?また、私小説風でありながら、実はそこに出る「私」はほんものの自分ではなく自分を模した存在が「私」であるゆえに一見日記漫画風でありつつ物語として成立している漫画なんかもあったりして奥は深い。
まとめると、色々考えた結果、ごちゃごちゃ考える必要はなく徹底的にシンプルにした結果が
始まって→終わる
という事だったわけです。
追記:記事の内容自体は今の考えと変わりませんが、古い記事なのでいろいろとお察しください。
簡単に言うと冗長すぎて推敲する気にならない。
2005年11月03日 16:21
Comments
Got it! Thanks a lot again for helipng me out!
2011年04月28日 10:05 | hkNnYhRWtdd